新人看護師の頃の思い出。

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今年で僕は看護師11年目となる。

以前の記事に書いたように、会社員をしていたため看護師としてのスタートは他の人より少し遅いものとなった。

人の役に立ちたいと会社員を辞め、看護師を目指した私。

今振り返ると、看護師としてこんな道を歩むことになるとは夢にも思わなかった。新人の頃はこれからもずっと急性期の病棟で働き続けるのだろうと思っていた。しかし、今は訳あって夜勤をやめ日勤だけの看護師として仕事をしている。

看護師になりたての時の理想通りにはならなかったが、今の職場で看護師をしている私自身を私は嫌いではない。

大学を出てから僕は営業マンとして会社員を数年していた。転勤も2回あった。面白い経験もしたが、なんとなく人の役に、世の中の役に立っていないように常に感じていた。会社の中で売り上げの競争もあり苦しくもあった。大切な時間を無駄に過ごしてしまっているように感じながら働いていたように思う。

長期休暇で実家に帰った時、身内に看護師をしている人がいたので話を聞いているうちに、看護師になれば自分が本当にしたい「世の中の役に立つこと」ができるのではないかと感じるようになった。

その後、上司に看護学校を受験する旨を伝え、受験に合格し看護師の道を目指すこととなった。

看護師の世界では男性は今だ圧倒的に少数派である。まだ10%もいない。ほぼ女性の職場である。男性看護師はまだ数が少ない。男性看護師としてどんな道を歩めば良いかというモデルケースも少ない。

救急の分野でバリバリやるイメージや精神科で働くイメージ、また何かの専門性を極めていかなければならないという考えをおそらく男性看護師の多くは持たれているのではないかと思う。少数派といっても男性なので、看護師を辞めて他の仕事に移れば話は別だが、看護師として定年まで働かなければならない。

私も看護師1年目の頃から3年目まで外科病棟で働いていた。看護師としてのスタートも遅かったし、男性なのでとにかく看護の道を究めようと必死に働いた。勤務開始の1時間前からの情報収集、残業なんて当たり前、休みの日は実費で勉強会や研修に参加するなど、周りの人に負けたくない、バカにされたくないと必死だった。

人よりも敏感で気を遣うタイプなので、ナースコールが鳴るとすぐに自分で取って部屋に行こうとした。ナースコールが鳴ると、なんとなくその場を収めたいと感じてしまうため自分で対応しようと思っていた。とにかく一緒に働く仲間の役に少しでも立ちたかった。

また、患者さんに感情移入してしまいやすかった。患者さんやそのご家族と一緒に涙を流したこともあった。本当は病室でもっと話を聞いてあげたいのに、それができない申し訳なさなどを感じることもあった。

アドレナリン全開で仕事をしていることが多く、仕事の日は気持ちが休まる時がなかった。

しかし、看護師がスタートしてからこの3年間は本当に勉強したし、看護師の基礎を徹底的に自分に叩き込むことができたように感じている。

現在は、自分が当初イメージしていた看護師像とは全く違う形となってしまっているが、この3年間の修行期間が今の僕を支えてくれている。






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